きっかけは、2007年12月中旬某土曜日勤務先の三加恵酒店退社時...
(この頃、退社後は同僚の磯野氏がグローバル宅まで送車してくれていたが、その日は、急務があったらしく不在だった。)
この日20時頃、多量のチラシ作成の激務完了後、疲労困憊で帰宅はMKタクシーをよんだところ、タクシーの待ち場所までの30mほどの途中で、崩れて歩けなくなってしまった。ふらつきながらも必死でタクシーに乗り込み、その日は宅までたどり着いた。
日曜日は休日でもあり完全休養したが、月曜日出勤時の午前4時、グローバル前のスロープをまともに歩くことができず、会社は休むことにして宇治病院へ...
診察の結果、神経内科系の疾患の疑いが強いとのことで、より専門的な醍醐の武田病院へと紹介状をもらった。後日、武田病院へ診察へ行ったところ、即日、検査入院をすすめられ、10日間の入院となった。
その(DNA検査等による)結果、標記の病名であるとの診断...
なるほどと納得できるような症状もあった(そうでないと思えるような部分もあるけれど)。遺伝性の疾患といわれれば、次男と3男の症状とも酷似していたこともあり、そうなのだろう。結局、「現在、効果的な治療方法はない。普通の人より寿命は短いかもしれないが、たちの悪いもの(悪性腫瘍等のことか)ではないから...」ということになった。

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