今日は、武田病院(神経内科・遺漏交換)へ行く日で朝から憂鬱だった。
朝のテレビでPGAツアー最終戦を見たら、石川 遼が大健闘して31位タイ。 ほとんど絶望的だったFEDEX POINT RANKING 125位以内に滑り込んで(124位)、来年のPGAツアーへの挑戦権を獲得できることとなった。今年の前半、予選落ちを繰り返していて心配していたが、後半になって心身ともに自分のゴルフができるようになったようだ。
5:30 起床? 歯磨き、髭剃り(電気カミソリ)、顔拭き。
8:00 着替え
8:30 介護タクシー到着。
9:00 神経内科診察、動脈採血。数値は、入院時より良くなっているとのこと。
11:30 遺漏交換。前回(2月)より、鼻の麻酔が効きにくかったのか?やや苦痛だった。
12:30 無事帰宅。寝間着に着替え、即、注入。
この間、採血と遺漏交換でベッドにいた20分を除いて、ずっと車椅子での4時間。長かった。朝から絶飲食だったことも気だるさの原因だったと思う。
鈴木先生(神経内科)によると、呼吸器を外せる時間を正確に調べるには、数日入院する必要がある。但し、呼吸器を外して生活できる可能性は低い(殆どない)とのこと。
かりに1時間、呼吸器をはずせたとしても、食事・発声等ができず、歩く体力も限られている現状では、たいしたメリットはなさそうな気がする。妻には申し訳ないが、今の生活スタイルで満足するしかないようである。
今夜は、プロ野球が休み。(なんとなくの阪神ファンだが、大谷翔平がいるので日本ハムも応援している)。代わりに、女子ワールドカップか世界陸上でも観ておやすみ。
2015年8月24日月曜日
2015年8月20日木曜日
京田辺花火大会を見た
8月16日といえば、京都では五山送り火である。子供の頃(小学生)は家が聖護院(左京区)で、大通りまででれば「大文字」が見えた。小学校の屋上まで行けば、「鳥居」以外の送り火が全て見られたが、感激したような記憶は特に残っていない。
今年はこの日、京田辺市でイベントがあり、花火大会もあるということで、観てみたいと思っていた。ベランダ前までは、杖で行くことも考えたが無理をせず車椅子を使った。今の自分の状況を思えば、音も少しは聞こえ、30分程度の花火だったがそれなりに楽しめた。同時に、来年も観られるかどうかも気にはなった。
最近、体調は横ばい? パソコンに座る時間、意識して背筋を伸ばすように努めたり、足踏みも出来るだけ毎日しているが、調子に乗って頑張りすぎると、疲れが残り痰詰まりも多くなる。
体調のいい時は、杖でよちよち歩けるが、転倒した時は起き上がれないだろうし、打ち所が悪ければ骨折するかもしれない程度の体力だと自覚している。疲れの回復に時間がかかり、1日に1回以上は無理な気がする。
昨年の今頃は、緊急病棟にいたことになるのだが、入院時の記憶は一切ない。ベッドの上で気づいた時は、自分がどうなったのか状況が理解できなかった。苦痛と、不安、やり場のない怒りで暴れていたのか、両手の自由がなく、チューブが何本もつながれていた。
過去のブログ(2012年12月30日)には
2~30m程歩くと息が切れて限界を感じること等、体力の低下は否めないようである。また、食事も若い頃の1/3程度で、酒量も日本酒なら1合程度と激減し酔いのまわりも速い。体重は60kg以下になったことはなかったと思うが、現在は54kgまで減った。下腹にガスが溜まるようになり、排便はあるが不規則で、夜中には2時間程で小用で目が覚める。とあり、
その後、体力・気力の衰えはつづき、その影響か2013年のブログ更新は2回、2014年はゼロ。
入院前の頃は、さらに食欲はなくなり、少量しか食べられなくなっていた。体重は45kまで減り、体力低下は顕著で、トイレ移動等も壁に手をつかなければ出来なかった? 動作の後は、疲れて息苦しかった。下腹部は常に「はり?」を感じ、便は毎日何度ももよおし下痢がほとんどだった? 小便も少量で頻度は1~2時間ごとになった? 武田病院神経内科には3ヶ月毎に通院、消化器科で胃と大腸のカメラ検診を受けたが結果は異常なしで、持病の進行と理解していた。
現在と昨年の入院前の頃を比較すると、「飲(アルコール含)食欲」「声」「自由行動」など失ってしまったものも多いが、遺漏からの「ツインライン等注入食」と呼吸器、そして妻の献身的?努力のおかげで生きるための体調は維持しているような気もする。
今年はこの日、京田辺市でイベントがあり、花火大会もあるということで、観てみたいと思っていた。ベランダ前までは、杖で行くことも考えたが無理をせず車椅子を使った。今の自分の状況を思えば、音も少しは聞こえ、30分程度の花火だったがそれなりに楽しめた。同時に、来年も観られるかどうかも気にはなった。
最近、体調は横ばい? パソコンに座る時間、意識して背筋を伸ばすように努めたり、足踏みも出来るだけ毎日しているが、調子に乗って頑張りすぎると、疲れが残り痰詰まりも多くなる。
昨年の今頃は、緊急病棟にいたことになるのだが、入院時の記憶は一切ない。ベッドの上で気づいた時は、自分がどうなったのか状況が理解できなかった。苦痛と、不安、やり場のない怒りで暴れていたのか、両手の自由がなく、チューブが何本もつながれていた。
2~30m程歩くと息が切れて限界を感じること等、体力の低下は否めないようである。また、食事も若い頃の1/3程度で、酒量も日本酒なら1合程度と激減し酔いのまわりも速い。体重は60kg以下になったことはなかったと思うが、現在は54kgまで減った。下腹にガスが溜まるようになり、排便はあるが不規則で、夜中には2時間程で小用で目が覚める。とあり、
その後、体力・気力の衰えはつづき、その影響か2013年のブログ更新は2回、2014年はゼロ。
入院前の頃は、さらに食欲はなくなり、少量しか食べられなくなっていた。体重は45kまで減り、体力低下は顕著で、トイレ移動等も壁に手をつかなければ出来なかった? 動作の後は、疲れて息苦しかった。下腹部は常に「はり?」を感じ、便は毎日何度ももよおし下痢がほとんどだった? 小便も少量で頻度は1~2時間ごとになった? 武田病院神経内科には3ヶ月毎に通院、消化器科で胃と大腸のカメラ検診を受けたが結果は異常なしで、持病の進行と理解していた。
現在と昨年の入院前の頃を比較すると、「飲(アルコール含)食欲」「声」「自由行動」など失ってしまったものも多いが、遺漏からの「ツインライン等注入食」と呼吸器、そして妻の献身的?努力のおかげで生きるための体調は維持しているような気もする。
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