月曜日、Kさんの訪問看護、女性の看護師さんが同伴された。窓際まで歩いて、帰りも何とか歩けた? 5分位後、酸素97まで回復。
火曜日、自主リハビリは、少しだけ。家内が足湯をしてくれた。
京都市が昨年春、「終末期医療の事前指示書」なるものを配布したという。その内容の一部に、終末期を迎えた場合に、人工呼吸器や胃ろうによる栄養補給などを希望するかしないかを選択させる内容だという。
自分は京都市民ではないので、その「指示書」なるものは見たことはない。自分の場合は、救急搬送され、気が付いた時には人工呼吸器をつけられていた。胃ろうについても、栄養補給を静脈注入や経口注入よりは望ましいと勧められて承諾したような記憶がある。
もし、当時に希望するかどうか、早く言えば「そこまでして生きたいですか?」と聞かれていれば、少し迷ったと思う。特に、経済的なことを考え、家内の老後のことも考慮すれば悩ましい判断だったと思う。高額の負担が継続的に必要となれば、死を選んだかもしれない。
今思うことは、人工呼吸器手術について、担当医とおそらく同意書にサインしてくれた家内に感謝し、積極的に胃ろうを勧めてくれた医師にも感謝している。退院して3年半になるが、お世話になっている訪問看護ステーションの皆様、家内の介護を受けて安定した生活を送れている。難病指定を受けているので経済的負担も最小限の範囲で、今のところ死にたいと思ったことはない。
自分が生き続けていることで、高額の費用が必要で税金が消費されていることは理解している。もし、多くの高齢者が寝たきりになることを拒否して「死」を選択すれば、高額医療費は激減し国家財政にも大きく貢献することになり、お国のためになる? 悩ましいところかもしれない。しかし、体験者としての意見は?と聞かれれば、長生き出来て幸せであると即答する。

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