2019年10月28日月曜日

「平和の詩」

水曜日、Nさんの訪問リハビリ、いつも通りしてもらった。兄夫婦、久しぶりに来訪。
木曜日、下痢気味。
金曜日、Iさんの訪問リハビリ、 いつも通りしてもらった。足湯。
土曜日、またも関東地方に大雨。
日曜日、天皇賞秋。下痢気味。
月曜日、Sさんの訪問看護。下肢のストレッチをしてもらった。


即位礼正殿の儀に普通の高校生が一人招待されていた。 中学生の時(去年)、沖縄の「慰霊の日」の戦没者追悼式で「平和の詩」を朗読した女の子だという。政権が招待するはずはないだろうから、陛下の強い思いで招待されたと推測する。一度、報道されたが、殆どのテレビでは取り上げられることはなかったようだ。

平和の詩「生きる」(部分)

「...

私の生きる、この今よ。 

  

七十三年前、 

私の愛する島が、死の島と化したあの日。 

小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。 

優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。 

青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。 

草の匂いは死臭で濁り、 

光り輝いていた海の水面は、 

戦艦で埋め尽くされた。 

火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、 

燃えつくされた民家、火薬の匂い。 

着弾に揺れる大地。血に染まった海。 

魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。 

阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。 

  

みんな、生きていたのだ。 

私と何も変わらない、 

懸命に生きる命だったのだ。 

彼らの人生を、それぞれの未来を。 

疑うことなく、思い描いていたんだ。 

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。 

仕事があった。生きがいがあった。 

日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。 

それなのに。 

壊されて、奪われた。 

生きた時代が違う。ただ、それだけで。 

無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。 

  

摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。 

悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。 

私は手を強く握り、誓う。 

奪われた命に想いを馳せて、 

心から、誓う。 

  

私が生きている限り、 

こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。 

もう二度と過去を未来にしないこと。 

全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。 

生きる事、命を大切にできることを、 

誰からも侵されない世界を創ること。 
平和を創造する努力を、厭わないことを

...」

YouTubeで聴いたが感動的であった。おそらく陛下、上皇陛下も似たような思いをお持ちなのだろう。知ったかぶりの議論する識者よりも、より日本の外交の基本戦略を明確に諭している。軍拡競争ではなく「誰からも侵されない世界を創ること」の観点を持つべきなのである。



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