木曜日、下痢気味。
金曜日、Iさんの訪問リハビリ、 いつも通りしてもらった。足湯。
土曜日、またも関東地方に大雨。
日曜日、天皇賞秋。下痢気味。
月曜日、Sさんの訪問看護。下肢のストレッチをしてもらった。
即位礼正殿の儀に普通の高校生が一人招待されていた。 中学生の時(去年)、沖縄の「慰霊の日」の戦没者追悼式で「平和の詩」を朗読した女の子だという。政権が招待するはずはないだろうから、陛下の強い思いで招待されたと推測する。一度、報道されたが、殆どのテレビでは取り上げられることはなかったようだ。
平和の詩「生きる」(部分)
「...
私の生きる、この今よ。
私の生きる、この今よ。
七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。
みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。
摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。
私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを...」
YouTubeで聴いたが感動的であった。おそらく陛下、上皇陛下も似たような思いをお持ちなのだろう。知ったかぶりの議論する識者よりも、より日本の外交の基本戦略を明確に諭している。軍拡競争ではなく「誰からも侵されない世界を創ること」の観点を持つべきなのである。

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